*解説・ストーリー*

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恋人には、火曜日だけしか会えない。
ほかの日は、恋人は自分の家に帰らなければいけないから。



この星のうえでくりかえされる、とても痛々しくて幸福な恋愛。


誰もの恋愛がそうであるように、絹子や聖のつつましやくてありふれた恋愛も、
本当はとてもこわれやすくて、続いていることがまるで奇跡みたいな恋愛だった。
好きな人と一緒にいる幸福。好きな人と一緒にいることのできない切なさ。



あたしの恋愛は、どこにたどりつくのだろう?

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○『火星のカノン』繊細に描かれた人間たちのいとおしさ

心に痛い。せつなく、苦しい。愛を求める人々。愛しても報われない人々。でも、悲しいのだけれどどこかにほんのりしたあたたかさがある。べたつかない、品格をもったユーモアがある。さりげないのになんだか人物たちの気持ちの奥の奥までよくわかって、どうってことないのにいいヤツばかりに思えて、子供の頃に見た風景のように、懐かしく、しっとりと心になじむ。
脚本がいい。台詞がいい。俳優たちがいい。端役の焼き鳥屋の板前に至るまで、「人間」がとても繊細に、きちんんと厚みをもって描きこまれている。でもそれは暑苦しくなく、ほんの一瞬にさらっと何気なく表現される。絹子がもう別れようかと思うときに限って、まめまめしく家までやってきて「風邪うつせば」などと見事な殺し文句を吐く公平。絹子が淋しさからだけ自分と寝たとわかっていて、「前と同じ真鍋くんでいられます」と言う真鍋。公平の妻に浮気を知らせる手紙を渡すため、公平の娘を学校の前で待つ聖の、一途でかたくなな(しかもたまらなく可笑しい)後ろ姿。聖に教えられて秘密の屋上で星を眺める絹子の、珍しく打ち解けて和んだ表情。いい場面がたくさんある。
人間関係の微妙な「間」も、丁寧に掬い取られてゆく。監督はじめ作り手たちがそれを慈しみ、自分自身それをともに生きているのが感じられる。ちょっとした気持ちのズレや、それが波及して引き起こすほんのちょっとした事件。絹子と同僚と小さな意地悪の応酬や、ガラスに映る影が、巧みに象徴するように、その時々の人物たちのあいだの距離の変化の揺らめき具合が、こまやかだ。しかもそれは、絶対に揺らめかずに頑張ろうとしている、彼らの強靭な「愛を求める意志」と絶妙のバランスをとっている。そこにユーモアとせつなさ、ふっくらとした奥行きの豊かさと激しく氾濫する永遠の愛の痛苦とが、同時に生まれる。

石原郁子(映画評論家)

石原郁子 いしはらいくこ
映画評論家。

1953年、神奈川県生まれ
「キネマ旬報」などに、
映画への愛ある映画批評を書く。
著書に、『アントニオーニの誘惑』(筑摩書房)
『菫色の映画祭』(フィルムアート社)
『異才の人 木下惠介』(現代書館)
『女性映画監督の恋』(芳賀書店)など。
2002年5月に急逝。



  • 2001東京国際映画祭 アジア映画賞受賞
  • 第52回ベルリン映画祭 フォーラム部門 正式招待
  • 第31回ニューヨーク ND/NF(ニューディレクターズ/ニューフィルムズ)正式招待
  • 2002ブエノスアイレス国際インディベンデント映画祭 正式招待
  • モントリオール国際映画祭2002正式招待


配給:アルゴ・ピクチャーズ 

宣伝:スローラーナー

製作:アルゴ・ピクチャーズ+アンフィニー+バップ