*映画祭日誌*topに戻る   ○第52回ベルリン国際映画祭のトップに戻る   2002年2月

及川君のベルリン日記

着いて、いきなりパーティ!!の中村

パーティで久野さんと合流

この人が、斉藤監督

2月10日

 ドイツ時間夜八時頃、ベルリンに到着。先乗りしていた風間志織監督一行の待つホテルに入り、合流。「火星のカノン」チームは監督、伊藤直克プロデューサー、主演の久野真紀子と中村麻美、アルゴピクチャーズの熊谷さんと俺の六名。
 その日はすぐにちょっとしたパーティに全員で顔を出し、その流れで斉藤久志監督がパノラマ部門に出品している「いたいふたり」のプレス・スクリーニングを観に行く。
 会場は「シネマックス」というシネコン系の大劇場。ベルリンの客はプレスにしろ一般客にしろ、「ノレない」と判断した時点でガンガン外に出ちゃう、と聞いていたので、その辺をまずヒトの映画で観察しようと思う。
 が、「いたいふたり」は冒頭すぐのサイト・ギャグ的シークエンスできっちり客を掴み、出て行く客はあまりおらず、ドイツ人達はゲラゲラ笑ってる。そしてその好調さはラストまで続いた。「いたいふたり」は、俺が広木隆一監督や風間監督とやってることと遠くない、「しょうもなくて可愛い」恋愛映画であった。
 「いたいふたり」には多くの映画監督が役者として出演しており、その中でもなぜか大きな役を演じている広木隆一の顔アップを、日本には滅多にないような巨大な画面で見る羽目になった。出来ればベルリンでは、広木さんの顔じゃなく映画を見たかった。でも、すっかりアクを抜ききった殿山泰司のような、淡々とした芝居の広木隆一は妙に面白かったので、皆さん役者として使いましょう。
 上映後、皆でビールを飲みに行き、斉藤監督と話す。デジカム低予算作品の「いたいふたり」を作るキッカケの一つは、「東京ゴミ女」(広木監督、及川脚本、中村麻美主演の面白い映画だぞ)を観たことによるとのこと。確かに観ている間中、「これって俺も書ける映画じゃん」とずっと思ってたのだ。
 コンペ部門の動向を探ると、フランソワーズ・オゾンの「ACHT FRAUEN」の前評判が高く、グランプリの最有力では?という話。この時、誰の口からも「千と千尋」の「せ」の字も出ず。深夜二時過ぎにホテルへ帰宅。


2月11日

 午前10時半より我らが「火星のカノン」のプレス・スクリーニングがあるので、早起き。会場は「いたいふたり」と同じ「シネマックス」内のプレス専用の小さなハコで、質疑応答はなし。マスコミ向けに、英語字幕プリントでの上映だった。
 その後、「カノン」が出品している「インターナショナル・フォーラム」部門招待の昼食会へ。そこで伊藤プロデューサーは「フォーラム」部門のディレクターと選考委員(?)氏から、「『カノン』は、他の作品はさておきまっ先に選ばせて貰った」という嬉しい誉められ方と、「ウチの奥さん(映画好きの普通の主婦だって)が『カノン』を『今まで観た映画の中で一番好き』と絶賛してた」という何だか分からない誉められ方をしたらしい。
 皆に同じこと言ってんじゃないの?と思いつつも誉められれば嬉しくなり、「何かの賞に引っ掛かるかも」とつい期待も膨らむ。フォーラム出品作品も、何らかの周辺的な「賞」の候補、ということになってるのだ。
 その日、映画祭関係の用事はもうなく、ホテル周辺の中古レコード屋等を物色。ドイツでは今「ドラゴンボール」が大ブレイク中でテレビではアニメが、本屋には大友克洋の「アキラ」や高橋留美子作品と並んでマンガの単行本が並び、ベルリンのガキが「ワ−オ!ゴクウ何とかかんとか」と嬉しそうに手に取っている。この時は予想もしていなかったが、「千と千尋」があんなことになる予兆を既に俺は目撃してたということか?
 夕食は、ドイツ在住のコントラバス奏者である風間志織の従兄弟氏の招待で、中華レストランへ。
 上映を観てくれていた従兄弟氏のドイツ人妻カトリンは、「カノン」の淡々としたノリはドイツ的ではないが、自分には充分理解出来た、と言ってくれる。また、ファスピンダ−の映画を思い出した、と意外なことも言われる。俺はファスピンダ−の映画はほとんど知らないので、どうなのか?が、高校生の頃実家の方にある美術館の「ドイツ映画祭」でたまたま観た唯一のファスピンダ−作品は、確かに淡々としていた。普通の中年オヤジの日常をひたすら淡々と描き、ラストでいきなりオヤジが何の理由もなく自殺しちゃうヤツ。(タイトル失念。)多分風間の演出とファスピンダ−の演出は全然違うんだろうけど、悪くない名前が出たと思う。
 ファスピンダ−は相当タチの悪いパンクな人だったらしいし、風間も実は真っ当な女パンクスである。ベルリン滞在中、「反戦人民パンク」と背中に書かれたシャツも着ていた。「火星のカノン」は悪いけどパンク・ムービーなのだよ。
 旨い中華をドイツビールと紹興酒でいただく夕食会は和やかに盛り上がり、最終的に久野真紀子がサルになった(詳細は秘密)ところでお開き。

文屋夫妻。熱いです。

みんなで、記念写真

観光!

ベルリンのキリン

もうすぐ開演です

2月12日


 今日は一般公開初日(初ドイツ語字幕プリント!)だが、上映時間は夜9時半からと遅いので、昼間は風間、伊藤、中村とベルリンの動物園を観光。霊長類関係が集められたスペースでの、閉じ込められて既に人生諦め切ったようなゴリラやオランウータン達の姿に、中村麻美は落ち込んでた。後日動物園に行った久野真紀子も、やはり猿で落ち込んだ、とのこと。こうした感受性を「繊細」というのでしょうか?僕は普通に楽しかったです。そして久野真紀子の正体はサル(詳細は内緒)です。
 ベルリン、そして映画祭の象徴である熊達に「何かの賞が当たりますように」と願をかけ、一同獣臭くなってホテルへ戻る。そこで後発の石井勲キャメラマン、斉藤緑プロデューサーと合流し、久野がネットでチェックしてたドイツ料理屋で、本場の旨いドイツ料理を楽しんでから、上映会場である「デルフィー・フィルムパラスト」へ。
 八百人収容の巨大な劇場なので客入りが非常に心配だったが、チケット完売と聞き、ホッとする。
「いたいふたり」一行、「GO」で参加の行定監督も来てくれる。
 二階席は閉じていたので、六百人程の入りだろうか。日本での「カノン」の宣伝を担当するスローラーナーの越川氏も合流。彼は毎年買い付けのためにベルリンに参加しているので、かなり詳細な映画祭事情を色々教えてくれる。ベルリン映画祭は会場ごとに客の性質がかなり異なり、ここデルフィーの客は一番「温かく優しい」とのこと。その感じがイマイチピンとこぬまま、今日も客と一緒に「カノン」を頭から観る。
 で、越川氏の言わんとするところがよーく分かった。ここの客は、とにかく積極的に映画を楽しもうとする気分で満々だったのだ。冒頭から、ちょっとでも「ここって可笑しいかも」と思える台詞や役者の動きがあれば、一つも残さず笑いまくる奴らだったのだ。
 はっきり反応してくれるのは嬉しいが、こうもクソミソ一緒な感じで大喜びされちゃうと、それはそれで戸惑う。お前ら全員、ハシが転げても可笑しい年頃か、と突っ込まずにはおれない感じ。でも客の大きな反応(合いの手)が勝手にテンポを作ってくれるのか、昨日のノロさが嘘のように、同じ映画が非常に快調なテンポで進んでいくように見える。自分で書いておきながら本当にいい加減なもんだと思う。
 山場の「卓球」のシーンでは、客達はゲラゲラ笑ってくれ、しかしここは長回しの同じワンカットのまま物語中重要なシリアスなやり取りに突入していくという、「カノン」の勝負ポイントの一つなのだが、状況がシリアスになった途端、客達はちゃんと静まりかえってくれた。「こいつらちゃんと観てるじゃん」とホッとし、何かに「勝った」気分になる。
 しかし奴らの「笑い屋根性」は半端なく、エンディングでのRCサクセション「たとえばこんなラブソング」の歌詞字幕にも一々笑い、例の「チャ〜ラチャチャラ」のくり返しの部分で遂に大爆笑となる。よく分かんねーけど、それはまあ、良かったかな、という感じ。途中退場者も、ほとんどいなかった。

石井さん、斎藤さん夫妻

一応、きねんしゃしん

 終了後、風間、久野、中村、及川で舞台に上がり、フォーラム部門中心人物らしき偉そうなオヤジ(誰かは知りません。)の司会でティーチインとなる。これはあまり面白いものにはならなかった。偉そうなオヤジは司会中に携帯鳴らすし、予算集めのことなど、映画の内容よりも外枠の話ばかり聞くし、風間の「意識の高い女性映画作家」みたいなのとは正反対のキャラがオヤジの期待に沿わなかったのか、オヤジのノリも徐々に悪くなり、客との質疑応答にしても、オヤジの影響でお金がらみの質問や、久野、中村に対する「レズを演じてどうなのよ?」的ないかにもお定まりな質問が多く、もう一つだった。で、まあ予想してたことだが、脚本家への直接の質問は一つもなかった。寂しかったです。皆もっと脚本家に優しくしましょう。
 昨夜と同じ中華レストランで打ち上げ。パンク風間は乾杯でビア・グラスを叩き割る。三時頃、閉店で追い出されてホテルへ戻る。

 舞台挨拶。

2月13日

 今日は午前と午後の二回上映。まずは午前十時から、「シネマックス」の大きめの会場で。流石にそろそろ「カノン」も見飽き、終わり近くに劇場に着くように、とホテルから「シネマックス」までの三十分程の道のりを一人ブラブラと散歩。劇場近くには、ハリウッド俳優(確かラッセル・クロウをテレビ画面で見かけたような…)でも来てるのだろうか、テレビ局の中継車が山のように停めてある。こっちには無関係の話。
 で、終わり頃劇場に辿り着き、巨大画面でラスト周辺のみ確認。客入りは2/3程。そしてティーチインとなる。初日は言わなくていいこと喋っちゃったりしてた風間の喋りも、今回からは好調で、それは最終上映まで維持される。
 「カノン」は「不倫」と「同性愛」という、(一昔前の)飛び道具的なシチュエーションを「当たり前の普通の恋愛」として描いている映画なのだが、観客の関心はやはり(?)「レズビアン」の方に集中している。「同性愛」が未だに国際レベルで議論され続けるべき、まだまだ社会的認知を得られていない事象なのか、ただ単に質問しやすい話題なだけなのかは、ちょっと分からなかった。
 今回の収穫は、客によって「カノン」のラストをハッピーエンドと解釈する者と、その逆ととる者の双方がいたこと。(ごく素直に観れば、ハッピーエンドでないことは確かなのだが。)観客の思いによって解釈のズレが生じ得るという「自由さ」。我々が目指しているのは、きっとそういう風通しの良い、自由な映画なのだろう。
 昼食後、午後の上映までは時間があるので、「カノン」一行はベルリンの壁(の残骸)とユダヤ博物館を観て回る。結局我々は、「カノン」の上映以外の自由時間は全て、他の出品作品を観ることもなく、他国の参加者と交流することもなく、ひたすらおのぼりさん的観光に費やしたのだった。こんなことでいいのか?いいのだ。ユダヤ博物館は、東京に「南京大虐殺博物館」を作っちゃったような、非常に意味深いホロコースト関連の博物館だった。戦争反対。無差別テロ反対。でも政治家と大金持ちを面白い方法でやっつけるテロならちょっとだけ賛成。余談。
 で、午後二時四十五分からの上映が終わる頃に、会場である「ア−セナル」へ。地下に「ア−セナル」が入っている「ソニーセンター」はあのSONYの建物なのだが、屋上部分が遠目からは富士山に見える悪趣味なデザインは、謎の一言。こういう間抜けな建物がテロ心をそそるんだよ、バカ。
 越川氏によると「ア−セナル」は(日本で言えばアテネ・フランセ的な?)シネフィルの集まるシネクラブ的な劇場で、客の質もここが一番厳しいとのこと。映画祭とは別にレギュラーでやっているプログラムを確かめると、フリッツ・ラング、ファスピンダ−、溝口の作品や森達也の「A」等を上映している。そういう所。昨夜の「デルフィー」のユルユルの客はともかく、午前の上映での反応が割りと良かった手応えもあり、ビビることもなく終映後の場内へ。
 いかにもシネクラブ風な狭めの場内(しかしスクリーンは充分大きい。ベルリンの劇場は日本と比べ、ハコに対して概ねスクリーンがデカい。前列に座ると確実に画と字幕の両方を追えない感じだが、でもデカいことは悪くないと思う。席数は多くて二百という感じか。)に満員の入り。そして「一番厳しい」らしい彼らが、現れた我々を快く迎え入れてくれた様子に、安心。
 「カノン」はストーリーを四角四面に受け取っていくと、同性愛が男女の恋愛に敗北する物語と取ることも可能な映画なのだが、(勿論、風間も俺もそんなことは全く意図していないし、映画そのものがそれを現していると俺は確信している。)今回はそこを突く質問が出る。(それは翌日の最終上映でも繰り返された。)「やっぱりレズは負けちゃうっていいたいの?」と。「そうじゃないのよ」という風間の当然の答えに、相手はどの位納得してくれたものか。
 そして遂に今日、脚本家及川への直接の質問が出る。お父さんお母さん、見てますか?「男のあんたがレズビアンのお話を書くのって、どんな感じ?」みたいな質問を女性客からされる。通訳についてくれている女性は生っ粋の日本人ながら、ドイツ生まれのドイツ育ちの人なので、どちらかと言えば日本語の方が不自由な人で、もう一つ質問のニュアンスがくみ取れてない気がするのが残念。
 で、結局レズ問題かい、と思いつつも、「同性愛だから、ということは全く意識せず、絹子(久野)と聖(中村)という、ある一人のキャラともう一人のキャラが恋愛状態に陥っていったらどうなるか?をごく普通に作っていっただけ。それがたまたま女同士だっただけ」と素直に答える。すると風間が俺の答えをフォローするように、「レズってことを問題にする必要があるの?」と質問者の女性に逆に問いかける。多分、パンク風間はそろそろ客が同性愛にばっかりこだわることに飽きてきたのだろう。ここでそれなりに議論になるかと期待するが、質問者は逆に問いかけられたことにビックリしたのか、「確かにそうっすね」という感じですぐに引き下がってしまった。ちょっと残念。女優連にも今日も「レズやることはキャリアのマイナスになんないの?」的似たような質問が多かった。女優達の答えは当然、「まったく問題無し」。
 とは言え、その場にいる客達の雰囲気そのものが「カノン」を充分に受け入れてくれている感触は、会場の狭さゆえか妙に伝わってきて、我々もかなり満足。もうちょっと演出や芝居や台詞や状況設定について突っ込んだことを言ってくれるお客さんがいるともっと嬉しいんだけど、短い質疑応答でそれを望むのは贅沢というものなのだろう。
 ティーチインの後、風間はドイツのテレビ局のインタビュー取材。日本でのこういうのしか知らないので、どうせお座なりなものだろうと傍らで様子をうかがっていると、思いのほか丁寧なインタビューで驚く。「なぜ映画を作るのか?」などありふれてはいるが、それなりに本気で答えねばならないような質問を、きっちり時間をかけてする良質なインタビューであった。因みにその質問に対する風間の答えは、「映画はきっと、人類にとって必要不可欠なものではないだろう。しかし不必要だからこそ、自分は映画を愛する。その愛の実践がすなわち、映画を作ることである」みたいなもの。本当はバカのくせに良いこと言ってますね。
 更に風間と女優達はスポーツ報知の記者からの取材。帰国後、その新聞を風間に見せて貰ったが、見出しは一言「レズ」であった。どうなのよ?スポーツ報知。せめて「不倫VSレズ」くらいにして欲しかった。
 その夜はインド料理屋でカレーとドイツビールを楽しみ、ホテル近くの小さなパブでワインを飲んで締め。(ここでも色々あって、何か大変でした。)

教会 ゚に行く

お祈り及川君

残り少ないベルリンの壁です。

ユダヤ人を投げ捨てた穴に入る

これがソニーセンタービル

上映後、囲まれる風間。手が変。

2月14日

とにかく、観光!

 今日が最終上映になるが夜の七時からなので、それまではまたバカのように観光。
 皆でバスに乗り、ジーゲスゾイレ(戦勝記念塔)へ。「ベルリン天使の詩」で有名な、てっぺんに天使(正確には天使じゃなく、女神ヴィクトリア)の像が建ってる例の塔です。

モノクロで撮影された映画では、石像っぽくていい感じに見えた天使像の実物は、現実には安っぽい金ピカでガッカリ。で、それはともかく地上五十メートルの、天使の足元にある展望台へ階段を登る。
 高い所が好きな僕は気持ちよくてテンション上がりました。(←典型的なバカ。)高所恐怖症の中村は半泣きでした。(これはこれでバカに見える。)落書きだらけの内壁に全員で「ウンコ」とか「チンコ」とか異常にIQの低い落書きをしました。(全員バカ。)「火星のカノン」はバカの集まりが作った映画です。

あれが、天使の搭だ!

天使のスカートの下が頂上!

 その後、酒と食に対して異常に貪欲な久野“モンキー”真紀子の先導で、下調べ済みのドイツ料理屋へ電車で向い、旨い黒ビールと白ソーセージ等で昼食。食後はその近くにある美術館でピカソとクレーの実物をゆったり楽しむ。ヨーロッパではピカソの本物があることが当たり前で、混んでない状況でゆったり見られるのだ。日本ではあり得ない話だが、絵を見るって本当はこうじゃなきゃ、楽しめるわけないのだ。クレーの、ガキの落書きのような残酷でバカな絵に感動。本人が気持ちいいから描いてるだけなんだけど、その「自由さ」が鑑賞者にも開放感を感じさせる「強さ」を持っている。こんな風に映画が作れれば最高だ。クレーのやり方をそのまま映画作りに持ち込むわけにはいかないが、クレーがいることを常に忘れずにいたいと思う。バカじゃなさそうなことをがんばって書いてみました。ウンコ。

及川君と黒ビール

バビロン外観

バビロン内観

右から2番目の青年が、
カノンのおっかけ君。

パーティ会場近く

パーティにて。
右から2番目が、
映画祭のディレクターだって。

パーティな人々

パーティですな

 そしてバスでホテルへ戻り、ベルリン・スタッフのお迎えの車で今夜の会場である「バビロン」へ。「バビロン」は今回唯一の東ベルリンにある会場だ。ここもシネクラブ的な映画館らしく、レギュラー上映の作品を確かめると、トリュフォー特集やムルナウ作品、「菊次郎の夏」等をやっている。
 上映開始前に場内をうかがう。四百弱のキャパに八割程の入り。年齢層もまちまちで、それまで以上に中年の客が目に着く。そういうバラつきは、むしろ歓迎するところだ。それから「カノン」一行は上映終わりまでの時間を利用して夕食。なぜかニ連チャンでインド料理。
 食後、終映間際の「バビロン」へ戻り、ティーチインの司会役の男性と挨拶。彼は我々一人一人に「I love this movie」と言ってくれる。西洋人なら誰でも挨拶代わりに言いそうな文句ではあるが、今まで真正面からそう言ってきたスタッフは、いなかった気がする。
 ラスト十五分程を客と共に観る。そこで、今夜の客こそが今回のベルリン「カノン」ツアーで最も良質な客達だと実感。例えば彼らは、「デルフィー」の客のようにゲラゲラ笑ったりこそしないものの、その何でも笑う「デルフィー」の奴らさえ笑い逃していた微妙な「くすぐり」(聖がありみのグラスにいちご牛乳を目一杯注ぐところとか。因みにこれは中村の現場でのアイデア。)に一々的確に反応し、小声でクスクス笑ってくれる。上映中に観客の反応を判断する方法は笑いと涙(すすり泣き)しかないので、とりあえず俺は「どんな描写にどんな笑い方で反応するか」で客の質をはかってしまうのだが、そういう意味で「バビロン」の客達は一々程良い反応をしてくれるのだ。
 そして上映が終了し、風間以下四名で舞台前に行き、観客達の顔を眺めてみる。と、彼らの多くが今までにない種類の「満面の笑み」を浮かべているように見えた。「お前らの言いたいこと、やりたいことは全て映画からしっかり受け取った。で、それはなかなか悪くないもんだった。もう質疑応答の必要もない」という感じ。にしか俺には見えないような、何とも気分の良い表情と空気を、確かに感じた。(ベルリン常連の業界某氏によると、こういう「好感触」はかなり例外的らしい。嬉しいことだ。)
 質議も質問よりは、「満足した」という類いの言葉が多かったように思う。遠目からの白人の顔は大体同じに見えるので俺は分からなかったが、前回までの上映からのリピーターも複数いたとのこと。今回も「レズは男女の恋愛に負けるのか?」という質問が出るが、その質問をした中年女性は、ティーチイン終了後に風間に寄ってきて、「実は自分はレズビアンで、過去に好きな女性を男に取られたことがある。だから、聞かないわけにはいかなかった。でも映画は良かったよ」と言ってきたとのこと。
 そうではない俺ら(「カノン」チームに同性愛者は不在、らしいです)は「もう同性愛もへったくれも関係ないじゃん」と軽率に言ってしまいがちだが、やはり当事者達にはまだまだ色々あるのだろう。因みにやはり終了後、久野と俺のところに仲良さげなレズカップルが寄ってきて、「エンディングの音楽がとても良かった。アーティストを教えてほしい」と聞いてくる。リアル・ソウルシンガー清志郎の歌声は、やはり世界に通じるものだった。因みに風間と中村は清志郎の熱烈なファンです。風間はしかし現在は
奥田民生に熱中しており、風間宅のトイレに入ると大量の民生と遭遇することになるでしょう。
 それから、ヒョロっちくてメガネかけて、もう映画観るしかすることありません、みたいなドイツ人の兄ちゃんが興奮してハアハア息を荒げながら、久野にサインを求めてくる。こいつもリピーター。というか、久野の追っかけ。久野とツーショット写真も撮れ、感動で胸いっぱいという様子で、「バイバイ」と手を振って去っていく。ドイツでのカジュアルな別れの挨拶は「チュース」というのが一般的で(だからといって、出会いの挨拶は「ちぃーす」ではなかった)、わざわざ「バイバイ」と言ったのは、「カノン」の中で公平の娘・ありみが何度も「バイバイ」と言っていたのを引用してみせたのだろう。何と言うか、「カノン」オタク(しかもドイツ人)誕生の瞬間を目撃した、妙な気分。
 というような感じで良い気分で「バビロン」を出、十時半からのフォーラム部門のクロージング・パーティまでの暇つぶしに、東ベルリンのカフェで一休み。古い建物を流用したような天井の高いカフェは非常に居心地が良く、町並みも東の方が西側よりも落ち着いている。(ただし治安は東の方が悪い、とのこと)我々はもう明日帰国なので東側を観光する時間もないが、もし「次回」があれば、次はこっち側を探らねば、と決意。
 で、パーティに顔を出して見ると、広々とした会場に足の踏み場もないような混雑ぶり。今夜こそ海外の映画作家と接触出来るかと期待してたものの、酒のお代りを取りに移動するのも一苦労で、それどころじゃない感じ。結局しばらくは「カノン」チームで固まって代わり映えせぬ飲み。
 が、何となく俺だけ一人離れて佇んでいる時、近くにいた白髪顎ヒゲの白人の爺が勝手に乾杯して来て、「お前は何者だ?」と聞いてくる。カタコトの英語で「『火星のカノン』というラブストーリーを日本から持って来た脚本家だ」と自己紹介する。爺の正体は、MARKKU LEHMUSKALLIO(正確に聞き取れず、カタカナ変換不可能)というフィンランドの映画監督であった。今回はドキュメンタリーを出品していると言う。そして奇遇なことに、この爺の前作(フィクション)をスローラーナーが買っており、日本での公開も決まっていると知る(良い作品らしい)。とりあえず文通でもしてみようかと、ベルリン出発前にローマ字で刷り直しておいた名刺を渡す。
 爺はワインを飲みつつ、「わしはもう年寄りだがお前は若い。お前は必ず再びベルリン映画祭に参加することになるだろう」と言ってくれる。まあ、誰でも言うような社交辞令なのだろうが、白ヒゲの爺に言われると妙に予言めいて聞こえ、俺もそれを信じることにし、爺と握手。
 その後も何となく近くにいる外国人達何人かと話す。オーストラリアのテレビ局(だと思う。英会話が出来ないことの難点は、こちらの意志を伝えること以上にヒアリングの難しさにある、と痛感。そもそも俺は日本人からも、「お前は人の話をちゃんと聞かない」とよく怒られてるのだが。)の男は「ジャパニーズ・スリラーに興味がある」とパノラマ部門に出品されている中田監督の「仄暗い水の底から」の話ばかりするが、「カノン」を買い付けるようにプッシュする。「カザマはオオシマのように才能があるのか?」とか聞きやがるので「当たり前だ」と答える。
 そうするうちにフロアにはテクノ系の音楽が鳴り始めダンスフロア化し、話をする雰囲気でもなくなってきて、四つ打ちビートが嫌いな俺は中村、越川氏と共に一足先にホテルへ帰宅。
 その約一時間後の深夜三時半頃、独り寝付こうとする俺の部屋をパーティ帰りの風間、伊藤、久野が急襲してくる。以後、早朝六時まで繰り広げられたことはとてもここではお伝え出来ません。
 

オマケ

似顔絵が、あんまりにも似ていないので、
中村麻美ショボン・・・

久野真紀子は、それを見て、
違う似顔絵書きのおじさんの元へ・・・
わくわく久野さん

結果、久野さんの方が、全然似てねぇ〜!! 
中村、勝利の笑顔!!
ま、どっちもどっちですが・・・

2月17日

 雨の吉祥寺を独り歩いているうちに、雨で濡れた階段で転倒する。そして、心穏やかでいられなくなる。実は俺は、昨年秋の東京国際映画祭での「カノン」の「アジア映画賞」授賞式の夜、やはりその夜も雨だったのだが、階段で滑って転んでいたのだ。そしてそれ以来、一度も転ぶことはなかったのだ。だからこれは受賞の知らせに違いない!と勝手に解釈し、伊藤プロデューサーの携帯にその場から電話。だが、留守電で確認取れず。気づくと転んだ時に左足のアキレス腱の辺りを擦りむいたらしく、靴下が血でぐっしょりしている。

2月19日

 今日か昨日、世間の人々は「千と千尋」のベルリン・グランプリ受賞を知ったはずだ。しかし俺は雑事に追われてニュースも見ず、新聞なんか取ってないので、それを知る由もなかった。
 夜、風間と何となく飲むことになり、「カノン」の受賞がなかったことを確認。その店へ向う途中、俺はまた、しかも今度は車道を横断している最中に、派手にすっ転ぶ。ただ単に足腰がおぼつかなくなってるだけだったりして。「カノン」チームの人達は俺を「おじいさん」と呼んでます。今度は右手首がズルむける。
 で、俺はここで初めて「千と千尋」グランプリ受賞を風間から聞かされる。ちょっと複雑な気分。「千と千尋」は未だに見ていない。アニメーションとして大変な傑作なのかも知れない。
 ある特定の個人、すなわち作家の、頭の中にあるオリジナルなイメージを再現すること、こそがアニメという表現形式の核心だろう。そして「火星のカノン」は多分、それとは正反対の方に存在する映画だ。
 あらかじめ想定したイメージを再現するべくフレーミングし、役者を駒のように配置し、動かすのではなく、役者は自らの意志で動き、演じ、その結果でフレーミングを初めて発見するような種類の映画。脚本に書かれたキャラに役者をはめ込むのではなく、キャラと役者本人の中間に存在する「映画の中にしかいない登場人物」を現場で発見していくような映画。
 風間はベルリンの何処かの劇場でティーチイン後、「ロケ場所は内容に即した“意味”のある場所を探したのか?」と客に聞かれてこう答えていた。「意味のある場所を探すのではなく、たまたま出くわした場所に意味を与えるのだ」と。そういう、偶然性とどれだけ対等に戯れられるか、という種類の映画。
 そういう、普段は「千と千尋」とかに対して肩身の狭い思いをしてる「カノン」みたいな映画が、逆に優勢な立場に立てる数少ない場所の一つがベルリン映画祭だと、何か俺は勝手に思い込んでいた。油断大敵。「カノン」はコンペ出品じゃないから別に「千と千尋」に負けたわけじゃないんだけど、何というか、もっと頑張らなきゃ、とか思っちゃいましたよ。 
 とはいうものの、その話題はほんの一瞬で終わり、後はいつものように下らない話で飲み続ける。「千と千尋」のことはすぐに忘れた。
 風間とは既に、去年の暮れから新作の脚本の準備が始まっている。既にベルリンは過去の出来事になった。「カノン」は来月は、ニューヨーク近代美術館での「ニューフィルムズ/ニューディレクターズ」という映画祭(?)への出品が決定している。秋の都内公開まで、ワールド・ツアーはまだまだ続く。ついでに書くと、「東京ゴミ女」も未だに世界を巡っており、来月フランスでのドーヴィル映画祭のビデオ・コンペへの出品が決定している。(※ で、「カノン」は四月にはブエノスアイレス国際映画祭にも出品され、更についでに、「ゴミ女」はドーヴィル映画祭で塩田明彦監督の「ギプス」と共に「最優秀作品賞」を貰いました。誰か誉めて。)
 そのように映画は客に観られて生き続け、そして我々の人生は続く。「千と千尋」勢へのテロ活動(かどうか知らないけど)も自爆しない程度に続く。でもそろそろ俺も真っ当に脚本で食えるようになりたいので、誰かアニメの脚本書かせてくんないかな?と本気で考えている今日この頃ではある。

 おわり